夢って不思議だね、こんなにある幻想物語

豊饒の海 ③

第三巻 暁の寺

三島由紀夫は夢と転生の物語を…。

あらすじ

第一部 - 時代は1941年から終戦の1945年までを背景に展開していく。

47歳の本多は訴訟の仕事で、清顕と親交のあったタイの王子と、そのいとこの故郷でもあるバンコクを訪れていた。そこで、日本人の生まれ変わりであると訴えている7歳の王女・月光姫と出会う。月光姫は本田を見ると懐かしむような表情を浮かべ、勝手に死んですまなかった、そのお詫びがしたいと語る。彼女は勲が逮捕された日付・清顕と松枝邸の庭園で門跡に会った日付も正確に答え、明らかに生まれ変わりを証明するのだが、後日、姫と出かけたピクニックの際には脇腹には証拠となる黒子はなかった。それから本多はインドへと旅行して、そこで深遠な経験をすることになる。そしてインドの土産をけっごう姫に献上して、ホンダにすがってなく姫との別れを惜しみながらも日本へ帰国する。奇しくも彼が帰国した数日後に日本とアメリカの戦争が始まりを告げてしまう。

インドでの体験と親友の生まれ変わりに触発された本多は、仏教の輪廻転生・唯識の世界にも足を踏み入れ、戦争中に様々な研究所を読み漁っていき研究に没頭していく。ある日、仕事の用件のついでにと松枝邸跡に足を伸ばしてみると、そこには焼け跡になっていたが、偶然にも老いさばらえた蓼科と鉢合わせする。本多は聡子に会いたいとも思ったが、戦局の厳しさで叶えることはできなかった。

第二部 - 戦後の1952年から1967年を舞台にシフトしていくことになる。

58歳になった本多は戦後、土地所有権を巡る裁判の弁護の成功報酬で多額の金を得ることになる。その金で富士の見える御殿場に土地を買って別荘を建てる。隣人には久松慶子という50歳前の有閑夫人がいて、本多と友人関係を結ぶ。彼の別荘には客としてかつて勲と恋仲となり、勲の計画を父へ密告した歌人の鬼頭槙子や、その弟子である椿原夫人、ドイツ文学者・今西らが訪れていた。

しかし本多は一番心待ちにしていた客人とは日本に留学していた月光姫である。5年前の1947年に本多は、皇族の籍を失った洞院宮治典王が開業した骨董屋で、かつて学習院の領でタイの王子・ジャオ・ピーが紛失した初代・月光姫の形見の指輪を発見し、買い取って持っていたのだ。これを日本に留学している二代目の月光姫に渡すため、本多は彼女を別荘に招くが、当日彼女は訪れなかった。その翌日月光姫とようやく再会できるが、幼いときに話した勲の生まれ変わりだと主張したことなどまるで覚えていないというのである。美しくも官能的に育った姫に本多は虜になり、年齢不相応な恋心を抱くことになる。そして月光姫に執心して翻弄されるようになり、別荘に招いた彼女の部屋をのぞき穴から覗くが、そこで見たものは慶子と同性愛行為を激しくも甘美に営んでいる最中だった。そして、脇腹には三つの黒子があることを確認して驚くが、別荘から火事が発生してしまう。帰国した月光姫もその後は音信が途絶えてどうなったか分からなくなってしまう。

それから15年後の1967年。73歳の本多が米国大使館に招かれたときに、晩餐会の席上で月光姫にそっくりな夫人に出会う。しかしその夫人は月光姫の双子の姉にあたり、妹の月光姫は20歳の時に庭でコブラに噛まれて命を落としたと語った。

ゲームでも夢を題材に物語が…。

登場人物

第一部
  • 本多繁邦(47 - 51歳)
  • ジャントラバー姫(ジン・ジャン)(7歳)
  • 菱川
  • 蓼科(95歳)
第二部
  • 本多繁邦(58歳。73歳)
  • ジャントラバー姫(ジン・ジャン)(18歳)
  • 久松慶子(49歳)
  • 本多梨枝
  • 鬼頭槇子(52、3歳)
  • 椿原夫人(52、3歳)
  • 今西康(40歳くらい)
  • 新河元男爵(73歳)
  • 新河夫人・ジュンコ
  • 飯沼茂之(63歳)
  • 克己

刊行物

『暁の寺(豊饒の海・第三巻)』(新潮社、1970年7月10日)

装幀:村上芳正。布装(赤絹装)。貼函。紫色帯。帯(裏)に三島の『小説とは何か』より抜粋された「読者へ」と題した文章。

※ 私家限定本(総革装。天金。見返しマーブル紙使用)4部あり。

文庫版『暁の寺(豊饒の海・第三巻)』(新潮文庫、1977年10月30日。改版2002年)

カバー装幀:池田浩彰。付録・解説:森川達也。

※ 改版2002年より、カバー改装:新潮社装幀室。

新装版『暁の寺(豊饒の海〈三〉)』(新潮社、1990年9月10日)

装幀:菊地信義。紙装。筒函。函(裏)に島田雅彦、田中美代子による作品評。

英文版『Temple of Dawn―The Sea of Fertility』(訳:Cecilia Segawa Seigle、D.E. Saunders)(Knopf、1973年10月。他多数)